2007/06/03
書こうかどうしようかしばらく迷ったのですが、書きます。
僕の手の指は普通の人と少しカタチが違っていて、やや奇形です。
具体的には、第一間接と第二間接が手の甲の方に曲がります。両方とも90度近く曲がるので、指先を手の甲につけることが出来ます。第二間接部分はぽっこりと膨れていて、通常の骨の形ではないことは一目でわかると思います。これは生まれつきであり、どうも母方の血筋にそういう人が数人いることから、遺伝的なものなのかな、と思います。しかし、手の甲に指先がつくほど曲がるのは僕の知る限り僕だけです。
この指の奇形が、子供時代はずいぶんいじめの対象になりました。
「曲がる」と書きましたが、正確には「曲がってしまう」のです。奇妙なことに、手の平のほうに曲げているときと、手の甲のほうに曲がってしまっている時とは手の感覚では同じなので、曲がっていることに気づかなかったりします。そうなると、持ったつもりの物を落としてしまったり、妙なところで指を引っ掛けたりしてしまうことがあるのです。
同級生たちはこの指を見て「うわ~きもちわる~」と大体揃ってこういいました。そのあとは決まって、殴る、蹴る、持ち物を壊すといった具合です。それはそれはその破壊行為が非常に楽しそうに彼らは行っているように見えました。「自分たちと違っているものを排除する」というのは動物の本能に起因する行為なのでしょうか。あまりに辛いので指を全部切断してしまおうかと考えた日もありました。
僕が思うに、子供というモノは所謂「人間」ではなく、いわば「人間の卵」だと思っています。子供は「教育」されて、また「経験」を積み、少しずつ「人間」になっていくものだと思います。純粋無垢というものは決して誉めれた状態ではなく、時としてその残虐性、酷薄性については悪鬼の如く醜悪な姿を見せます。
子供の純粋性をやたら賞賛したがる大人がまま居ますが、ちょっと理解できません。また、子供の描く絵も、「これが真の芸術だ」といわんばかりに持ち上げる大人も少なくないですが、これもよくわかりません。子供は未熟。ゆえに教育を施して正してゆかねばならない。
だから別に子供の台詞や行動についてはどうということはありません。
彼らも大人になってそうした過去の挙動を恥ずるようになっているでしょう。
僕も大人になって、周りから指についてどうこう言われることが次第になくなってきました。僕の中ではやはりかなりコンプレックスになっていたのですが、第一間接を手の平に、第二間接を手の甲に曲げ、「了」の字の形状にしたときに、第一間接部分にペンや箸などを挟めるようになるので、それを手品っぽく飲み会の席などで披露したところ、なかなかウケたので、気を良くしてよくその芸を披露するようにまでなりました。「ああ、この指のことをこうして笑えるようになったのだな」と思っていました。子供のころは辛い思いをしましたが、大人になってコンプレックスを克服した、といえば大げさになるでしょうが、少なくともこうして笑えるようになったのは僕にとって嬉しいことでした。
少し重いものを持つときなどは、はじめから指を「了」の字にして持つと安定して持てるので、今はそういう癖がついています。飲み会の時、アルコールが入ってくると中ジョッキを手にするとき、中指だけ逆に曲がっていることに気づかず引っ掛けてしまったことがありました。最初から「了」にすると、上手く言えませんが、「固定」されて持ちやすいのです。
イラストレーターを名乗るようになり、ちょくちょく東京に来るようになりまして、2005年からは月一回のペースで上京しています。そのころから東京で知り合った人たちと飲みに行ったりもするようになり、とても楽しい時間を過ごすことが増えました。初対面の人たちも多く、僕の指について指摘されることが多くなりました。ジョッキを持つ僕の指をさして、
「うわっそれどうなってんの?見せて見せて」
「ぎゃ~~キモチワルイ!」
「怖い怖い!やめて~~」
「気色悪いな~」
「うわ~エイリアンみたい」
ちょっと耳を疑ってしまうのですが、こういうことをよく言われます。不意に子供時代のことを思い出してしまって、楽しい飲み会の席でもその刹那にテンションが下がってしまいます。顔に露骨にそれを出す、というようなことはせず、空気を読んでつい前述した「芸」なども披露するのですが、「キモチワルイ」コールは止みません。たしかに、指が逆に曲がるそのシーンはかなりシュールなもので、最初に見たときには衝撃が走るのも無理の無いことだと思うのですが、20代後半~30代の大の大人が、人の身体の奇形についてこういう台詞がごく自然にもれるのは如何なものでしょうか。
「そんなに言われるのが嫌ならその指隠せよ」と思われるかもしれませんが、僕は別にこの指の形状を恥じていませんし、母親の血筋から頂いた大切な身体の一部です。隠す理由がありません。
実は年下の方にはあとでこっそり「そういうことを言うのはよくないよ」と注意をしたことが何度かありました。僕は変に年齢を気にするタチなので年上の人に注意ができないのです。言葉も見つかりません。
大人になってから、地元の人間にこういうことを言われたことはありません。何故か東京に来てから急に言われるようになりました。偶々かもしれませんが・・・。
断っておくと、僕が東京で知り合った人たちの人間性についてここで批判しているのではありません。僕が付き合っている皆さんは気の優しい気さくないい人ばかりです。人間性に問題がありそうな人とは個人的に付き合いません。(当たり前ですが)
ただ、口が滑った、では済まして欲しくない。今一度その発言について考えて欲しい。そういう思いでこの文章を書きます。
人の顔の整い具合についてどうこう言う人も少なくありませんが、それも同じことだと思います。基本的に、産まれつきのもので、その人の熱意や努力によって改善されるものではない事柄については、人をそれを批判したり揶揄してはいけない、と思うのです。
乙武洋匡さんと対面して、「うわっなんでお前手も足もないの?気持ちわりぃ~!」と言う人が居たとしたら、どう思うでしょう。
残念ながら僕に向けられた言葉も、本質的にそれと何ら変わらないものだと思います。
誇大に被害者面をして、弾叫するのが目的ではありません。ただ、この文章が、こういう事例について考えるキッカケになってくれれば幸いです。