2015/02/06

日本があまりに寒いので、暖かい国に行こうという話になり、
勢い余ってハワイのオアフ島に来てみました。あったかい!ビバ南国!
宿泊はアウラニ・ディズニーリゾートにしました。インテリアが超好みです。
ホテル内を歩いているだけでミニーやグーフィとすれ違いました。さすがディズニーリゾート。

こちらはロビーから続くテラス。アスレチックなプールが見下ろせました。
ハワイは19時間の時差なので23日夜に出発して、到着したのが23日の朝。
日付変更線を超えたのは人生初なもので、時差ボケが激しかったです。

プールの向こうにはプライベートビーチがありました。
天気予報では曇り後雨でしたが、この快晴。気温は23度ほどで最高に過ごしやすいです。
さあ泳ぐぞーと思っていたら、この後みるみる曇って雨に降られました。まあ雨季だからしょうがない。

と思ったら次に日も雨の予報だそうでがーん。
僕の雨男っぷりは海を渡っても通常通り本領を発揮してますね。
写真は部屋に入った時ベッドの上に置かれていたタオルたち。
他にもかくれミッキーがところどころに見られるホテルでした。

アウラニ滞在中、快晴に恵まれたのは最終日の26日だけでした。
心地よい日差しに心地よい風。朝晩は長袖が必要なほど冷え込みますが、
10時をまわったあたりから海水浴に適した気温になります。写真はビーチ近くの芝生。

ホテルのプールサイドはちょっとした地上の楽園でした。
欧米人を中心にインド系、中華系などまさに人種のるつぼ。家族連れが多く、笑う子供に泣く子供、
楽しませたりあやしたりするのに必死な親の姿は世界共通ですね。
一人、人間離れしたスタイルの男性とすれ違ったのですが、よく見ると速水もこみちさんでした。
後日知ったのですが、MOCO'Sキッチンのハワイスペシャルのロケに来られていたそうですよ。

アウラニホテルをチェックアウトした後は、ワイキキのコンドミニアムに移動してきました。
仕事道具を一式広げて臨時ワイキキ事務所の開設です。
クヒオビーチが徒歩3分の好立地なので昼は泳いで夜は仕事という生活になりそうです。

雲は多めだったものの晴れていたので、18時19分の日没時間に合わせて
景色の良いところで待機。まるでウソのようなサンセットが拝めました。
「おひさま海にぼっちゃんしちゃうの?」と言う娘に「そうだよ」と答えるにわか天動説な僕。

まもなく訪れた夜にコンドミニアムからこんな夜景が見られました。
ワイキキは再開発が進んでおしゃれスポットも増えているそうですが、
とんと無知な僕はその辺妻頼みです。 芸能人やモデルさんのブログをよく読んでいるらしく、
どこのハンバーガーが美味しいとか韓国冷麺が人気だとか、話題のお店をよく知っていて助かりました。

近所のフードパントリーで売られていた香港のメディア「星島日報」の一面はこんな記事でした。
「日本民衆怒吼」だそうです。
このISILによる日本人人質事件は、ハワイ滞在中に悲しい結末を知ってしまったのですが、
他の英字新聞では少なくとも一面にはこの事件の記事は見られなかったです。
世界ではどの程度の注目度だったのでしょうか・・・。

さて、このコンドミニアムでは一週間弱過ごしたのですが、ほんっっっっっとうにワイキキ楽しすぎです。
スポーツ嫌いな僕が唯一コツコツ市民プールで水泳だけは続けてきたのは
ここで泳ぐためだったのかと思うくらい、色とりどりな魚たちと一緒にいつまでも泳いでいられます。
海水浴帰りにバケーション中のサンタに遭遇したので思わずパチリ。

今回の旅行から泳ぐ際は妻の勧めでラッシュガードを着るようにしたので、
日焼けに悩まされずにいます。半袖なので腕はがっつり焼けていますが。
日焼け止めも塗ったり忘れたりなので顔も真っ黒になってしまいました。

評判がイマイチなホノルル動物園にも行ってきました。
目的の一つだったゾウさんの檻は空っぽで、ハイエナやサイ、カバなども空っぽという、
なぜ評判がイマイチなのか実によくわかる動物園でした。でもキリンとシマウマが見られたので良し。

しかしこの動物園、通行路に普通に孔雀が何匹もうろうろしているのは新鮮でよかったです。
近づきすぎると逃げてしまうのですが、出口付近で出会った孔雀が
眼と鼻の距離で羽根を広げてくれました。これは綺麗でよかったなあ。

そしてまたもワイキキビーチで見事なサンセットを見る機会に恵まれました。
夕日って本当に良いものですね。 コンデジながら綺麗に撮れて満足です。

コンドミニアムから徒歩圏内にあるワイキキ水族館にも行ってきました。
ビーチ沿いの芝生もよく手入れされていてキレイです。
ハワイという地は天気に恵まれて風も吹くと本当に気持ちがいいですね。

ワイキキ水族館は広くないスペースなりに工夫がなされていて動物園よりも楽しめました。
魚好きな娘も喜んでいてよかったです。
ファインディング・ニモをかなり意識した魚のチョイスも娘的にツボでした。

コンドミニアムでは冷房があまり効かなくて昼は南向きからの日差しに参ってしまったのですが、
最上階にパブリックスペースがあり自由に使えたためここで作業していました。
ちょっとしたコワーキングスペース位の広さがあるのに、日中は誰もおらず贅沢な時間でした。

さて、そんなコンドミニアムからまたも移動し、今度はシェラトンワイキキホテルへ。
ハワイ旅行も終盤に入りました。ホテル内プールが美しい。
ここに来てやっとハンモックを見つけて大喜びです。不思議とクヒオビーチでも見かけなかったんですよ。

シェラトンホテルから眺めるサンセットも素晴らしかったです。
夕食はトニーローマのベイビーバックリブにしました。文句なしの絶品。
誕生日をハワイで過ごす日が来ようとはなあ。この日(2月2日)で38歳になりました。

この日はレンタカーを借りてドライブと洒落こみました。
コンパクトカーが貸出中だったのでレギュラーサイズを頼んだのですが、
先方の手違いでフォードのマスタングにグレードアップしました。超カッコイイ!
ただ、この日は曇り時々雨だったので、オープンにしていられたのは合計で20分程度でした。

左ハンドルに右側通行はグアム以来6年ぶりでしたが、身体が覚えていたのかすぐに慣れました。
フリーウェイを走らせ辿り着いたのはパールハーバー・ヒストリック・サイト。

そこから船に乗ってアリゾナ記念館へ。真珠湾攻撃で沈没した戦艦の上に建てられれいます。
浅瀬に沈んでいるので上空からはハッキリと船体がわかるようですが
記念館からはほとんどわかりませんでした。70年以上経っても重油が漏れだしているんですね。

真珠湾攻撃の米国死者数は2,338名。
うち民間人は48名だとか。ビジターセンターで上映されていたフィルムには
死者の顔と名前が表示されていましたが、2~3歳の子供の写真がそこにいくつもありました・・。

アリゾナ記念館から見える戦艦ミズーリ号をパチリ。
1945年の沖縄海戦などにも参加したこの船はなんと1992年まで現役だったというから驚きですね。
1999年からここで記念艦としての余生を送っているのだそうです。

16インチ砲の迫力ときたら。この艦の右側面には微妙な凹みがあり、
看板によるとカミカゼアタックを受けた跡だとのこと。もし直撃していたら、
ミズーリ号はここには存在していなかったんだろうなあ・・・。

そしてこれがミズーリ号甲板上にある降伏調印記念プレート。ちょうど70年前、
この場所で第二次世界大戦が終結したのですね。
戦争勃発を示すアリゾナ記念館と同じパールハーバーに戦争終結記念艦があるのは興味深いですね。

お土産屋さんで1945年12月8日の新聞の復刻版を見つけたので2部購入。
1部2ドル弱でした。PEACEとWARの見出し文字の対比が印象的。
当時のアメリカ人はどういう気持ちでこの新聞を読んだのでしょうね。

シェラトンホテルからまたも夕日をパチリ。
今のハワイは平和そのものです。これからもそうであって欲しい。

そんなわけで二週間のハワイ旅行もおしまい。
行きは6時間でしたが、帰りは9時間のフライト。気流の影響で1.5倍も違うんですね。
機内で見た映画「ゴーンガール」がすごくよかったです。「寄生獣」も見ましたがこちらは・・・(略)。
帰国した東京ではさっそくの雪の洗礼を受けまして、寒暖の差が半端無かったです。
海外でも普通に仕事ができるのは
前回のグアムで経験済みだったので、
今回のロングステイ(僕的に)へと踏み切ったのですが、
やはり海外ノマドは何も問題なく可能だと分かりました。今後も機会をみつけて旅にでようと思います。
帰りも行き同様、時差ボケに見舞われてしまったのですが、
日本ではもともと昼夜逆転気味の生活だったので、逆に功を奏して
早寝しては早朝に目覚める超健康的なサイクルに戻るキッカケとなりました。ありがとう時差ボケ!
と、いうわけで大きな事故もなくよい思い出ばかりの初ハワイ、オアフ島滞在記でしたー。